2013年3月10日日曜日

吉田大八『桐島、部活やめるってよ』


 池袋の名画座・新文芸坐は、第36回日本アカデミー賞が発表される三月八日のその二日後の日曜日に、周到な二本立てを用意していた。その二本とは吉田大八『桐島、部活やめるってよ』と細田守『おおかみこどもの雨と雪』。僕はどちらの作品も未見だった。文芸坐の予想は的中し狙いは成功したとしか言う事が出来ない。この二作品は第36回日本アカデミー賞に於いてそれぞれ「最優秀作品賞」と「最優秀アニメーション作品賞」を獲得した。僕が駆け付けた「桐島」の12:10の回は満席となり僕は立ち見で鑑賞した。その後当初見る予定は無かった「おおかみこども」を座って鑑賞し、そしてある事情からそのままもう一度「桐島」を観た。

 一先ず桐島について感想を書きたい。上手く書ける自信はいつものように、いやいつも以上に無い。

 12:10の回の「桐島」を、要するに初めて観る「桐島」を、正直僕は楽しみきれなかった。いや、楽しみ方を間違えていた。かなり質の高い映像である事は解ったけど、見終わってとにかく後悔したのは昨日同じ文芸坐で『悪の教典』を観た時に(なんだよあの映画)、併せて桐島の予告も見てしまった事だ。
 予告の中の煽りとして、「桐島に一番遠い存在であるこの男が動き出す」みたいな言葉があった。男とは神木隆之介演じる前田涼也だ。バレー部の万能の男・桐島が部活を辞めた事によって巻き起こった問題に、関わりのなかった映画部の冴えない男・前田が立ち向かって行く、そういう展開があると素直に思わされるものだった。
 だから僕は「いつ前田が桐島の問題に向かって動くのか」を緊張しながら見守っていた。そしてついぞそんなシーンは無いままに映画は終わった。愕然とした。騙されたと思った。見ていて映画が明らかに"面白そう"だっただけに、要らない期待を持ち続けたおかげでちゃんと作品を見つめられなかったと思った。
 その回の「桐島」を見て帰る予定だった僕は何だかいたたまれず、劇場を出る前にロビーTwitterのタイムラインをチェックしたら「黄砂ヤバい」みたいなpostが散見されて外に出るのをちょっと怯えて、そのまま劇場に残って「おおかみこども」を見て(そして大変嫌な気分になって)、それで帰ろうかと思ったが「いや、もう一度、ここで今見ないとダメだ」という直感が働いて、二度目の鑑賞に至った。冒頭で僕が書いたある事情とは簡単に書けばこういう事だ。


 そして「桐島」二回目の鑑賞。
 最高だった。
 一度見た、と言うかたった二時間前に見た映像が、初めての鑑賞を超える新鮮さを持って僕の前に立ち現れた。ストレートに感動した。吹奏楽部が演奏するワーグナーが鳴り響く中の屋上の乱闘シーン。空想の中で首筋から血を噴き出して倒れるかすみ(橋本愛)。前田の声無き咆哮(絶叫にあらず)。そこで、涙した。

 この映画の表立った主題は、桐島がバレー部を急に辞めた事による周囲の人間関係の変化と、所謂スクールカーストの残酷さ、生々しさだ。しかし何よりこの作品に重厚さを与えているのは、その主題を支える「出来ない奴は出来ない」という現実だろう。登場人物の多くがこの問題に直面している。そしてそれぞれが各々の解決へ向かおうとしている。

 バレー部で桐島のサブを任されていた風助(大賀)は、辞めてしまった桐島の後任にあたって、自分がどれだけ努力しても実力が足りない事に苛立ち激昂し練習に執着する。
 沢島亜矢(大後寿々花)は菊池宏樹(東出昌大)に想いを寄せているが、自分から近付く事はおろか話しかける事も出来ずただただ見つめている。映画終盤で彼女は恋をキッパリと諦め、吹奏楽部の長としての役割に徹する事を決意する。
 前田と武文(前野朋哉)は運動もからきしの映画オタクでスクールカーストの最底辺に位置し鬱々としているが、非差別意識を選民思想にすり替える事によってやりすごしている。

 「出来ない奴は出来ない」と映画の冒頭で自ら口にした宏樹は、中途半端な放浪者としてこの問題達の間を歩いている。宏樹はこの映画の中で、問題と「直面出来ていない」存在として描かれている。
 宏樹が直面すべき問題とは何だったのか。それは野球部キャプテン(高橋周平)との会話の中で、明言されないまでも浮き上がって来ている。このキャプテンは3年の夏を過ぎたのに部活動を引退していない。映画終盤、宏樹がその理由を問うと、「ドラフトが終わるまでは」とキャプテンは答える。つまり、最後の最後まで「スカウトが来る」可能性に懸けてるー正確に書けばその可能性がある内は"努力していたい"ーのだ。これは桐島が、県選抜に選ばれる程の実力を持っていたのにも関わらずその中途でバレー部を辞めた事と奇麗に対になっている。そして恐らく宏樹が野球を辞めた理由は、野球を続けて行った所で何かを得られる自信が無くなったからだろうという事が想像出来る。「出来ない奴は出来ない」="成功しない奴は(どんなに努力/継続しても)成功しない"。
 宏樹はこの問題に対して、「出来ないのだから、やらない」という解決方法を見いだし野球部の活動を辞するが、完璧には野球を捨てる事へ踏み切る事が出来ない。練習に出ないにも関わらず未だに背負っている野球バッグがその証拠だ。

 放浪者・宏樹は、桐島を巡る騒動の末に前田と対面する。冴えない前田の映画に懸ける凄まじい情熱を見て宏樹は、そこにキャプテンと同じものを感じたに違いない。「今は未だダメでもこの先に成功を見ている」という思いを持っているのだろうと。
 宏樹は前田のカメラを借りてインタビュー風に問う。「将来は映画監督ですか」「女優と結婚ですか」「アカデミー賞ですか」 先二つの質問については照れくさそうに「いやあ...」と呟くだけだった前田は、三つ目の質問で急に表情を真剣な物にする。そして、それは全く疑いが無いものだと言う風に、「映画監督は無理だよ」と答える。宏樹は驚く。当たり前である、「絶対映画監督になってみせる」といった類いの答えが返って来ると思っていたからだ。続けて問う。「じゃあ何で、いまこんなカメラ使ってまで映画撮ってるの」と。前田はまた照れくさそうに答える。「自分が好きな映画と、今自分が撮ってる映画が、"繋がってる"って思う瞬間が、本当にたまにだけど、あるから」 そう言うと前田は宏樹が構えていたカメラを取り、宏樹にレンズを向ける。「...やっぱ、かっこいいね。かっこいい」と前田は宏樹の容姿を褒める。宏樹は、「いや、俺なんか」と呟いて、そして不意に眼に涙を浮かべる。(カーストの上下の構図が改めて提示されつつも、上に位置しているはずの宏樹が下に位置してる前田に対して自分を恥じるという展開/転回にもなっている)
 この瞬間、宏樹は自分が問題を曖昧にして誤魔化していた事を思い知り、自分という存在が酷く矮小で情けないものに思われたのだろう。「出来ないのにやる」(=成功しないのに続ける)事は全くの無意味だと思っていたが、しかし今前田がまっすぐに見せた「出来ないのにやる」事は、あまりにも美しく誇らし気だった。それは「出来る/出来ない」(=成功する/しない)は関係無く、とにかく今自分の好きな物に熱中する、青春の充実だった。そしてそれは、スカウトの可能性を棄却しないキャプテンにも微かに見いだしていたものだった(映画の途中、夜の路上でキャプテンが素振りをしている所を宏樹は目撃する。素振りを終えたキャプテンが宏樹のいる方向へ走って来て、菊池は思わず隠れてやり過ごした。練習復帰を誘われるのが嫌だったからではなく、"熱中している"キャプテンと対峙するのが怖かったからだろう)。
 宏樹はそのひたすらの情熱を持ち得なかった。だから野球を「出来ないのにやる」事も、そして「出来ないからやらない」という事が出来なかった。

 映画は、前田と別れた宏樹が、バレー部を辞めその後の動向が未だ掴めない桐島に電話をかけながら、自分がその"参加をやめた野球部の練習を見つめる"後ろ姿で終わる。このシーンでの宏樹の思いは複雑なものだったろう。だから桐島に電話したのかもしれない。万能で実生活も充実しバレー部の活動でも「成功」に向かっていたのに、それを放棄した桐島。どうして"「出来るのにやらない」(=成功するのに続けない)"という異様な選択したのか、その真意を知りたかったのだろう、僕はそう思った。
 宏樹が自分の問題に真に切迫した瞬間だった。


 この映画に於けるドラマは、成功の道にいる桐島が部活を辞めた事によって、周囲の人間の「出来る/出来ない」「やる/やらない」という問題が浮き彫りになったからこそ立ち現れたものだった。そこに、依拠する所を同じとするスクールカーストの現実も衝突し、物語はより複雑で重層的になり、映画の深みを増していった。

 この見方を、僕はなんとか二回目の鑑賞で獲得する事が出来た。一回目を無駄にした理由は既に書いている。

 だから最終的な感想としては、


 「桐島、サイッコー超おもしれえマジでありがとう泣いたよ!!ただあの予告編は何だよクソクソクソ!!」


 といった感じ。



 あと褒めたい所は、出演者の全てと言ってもいいくらいなんですけど、演技が素晴らしかったです。本当に自然。時折入るギャグっぽいシーンも、過剰なエンタメにならずあくまで「高校生の会話」の内にとどまっています。※ちなみに俺が一番好きなのはバスケしてる所で竜汰(落合モトキ)が女子のいなくなった窓を見上げて「いねえし」と言う瞬間的なシーン。物凄く現実的かつ鮮やか。
 あとドラマ『セクシーボイスアンドロボ』を見て、「こんな天才がいたのか」と思わされた大後寿々花さん。(あのドラマは脚本はアレですが大後さんの演技の力によって名作に仕上がってます。なんど大後さんに泣かされたか...)ドカンとは来なかったですが、セリフを使わずに恋心を表現する所が多くて、それがとても良かったです。アルトサックスの練習中に宏樹と沙奈(松岡茉優)のキスシーンを目撃して、いたたまれなくなってアルトを口から離す瞬間に、マッピーが口に引っ掛かって唇が一瞬引っ張られるシーンがあったのですが、あれは指示なんですかね?キスを前にして「唇」を使う吹奏楽器が凄く皮肉的に輝いて胸を締め付けられました。
 そして本当に本当に、神木隆之介くん素晴らしかったですね。天才子役なんて言われてもてはやされて、成長した後を危惧されてましたがもう全然全然。神木伝説は未だ終わらず!

 あと衣装が凄く良かったです。割りと服装が自由な学校なのか、パーカーを着てたり明るめの色のセーターを着てる生徒がいたのですが、どれもこれもセンスが良くて見ていて楽しかったです。
 ああ、本当に面白い映画だった。


 ではまた。

 



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