2012年11月3日土曜日

風邪と映画3本 ②是枝裕和『幻の光』



 風邪、だいぶ良くなってきました。薬とTKGの力ですね。

 僕は是枝裕和監督の作品が本当に好きで、中でも『誰も知らない』や『歩いても 歩いても』は、好きな日本映画なに?と聴かれたら是非答えの中に入れたいと思う作品です。物語の起伏よりも、登場人物たちの「生きている挙動」が輝いて、それが素晴らしいんですよね。僕は「人間」を雑に扱う作品は好きじゃないし、是枝監督の人間の扱い方/描き方は愛して止みません。

 その是枝裕和の長編第一作目である『幻の光』を今日やっと見ました。
 僕が好きな諸作品と同じように、物語の起伏はあまり大きくありません。夫が謎の自殺を遂げ、その後再婚し都市部から沿岸部へと居を移す一人の女性の物語です。

 全体的に画面は暗く、自然光というよりも自然な陰に満たされています。音楽の存在感(出番は少ないですが)やカットの割り方など、少しだけ攻撃的というか意欲的に感じます。
 この映画で僕が印象的だったのは、特に沿岸部へと移り住んでからの周囲の自然の映し方があまりに美しい事と、登場人物が命そのもののように描かれている事です。
 水面に映る走る子供の影、トンネルの向こうの陽光と青い木々、海岸の岩肌から立ち上る火葬の煙・・・。どれもが自然の美しさをこれでもかと見せつけており、一瞬宮崎映画を見ているような気にすらなります。その自然の中を生きて行く登場人物達が、例えば社会性であるとか合理性みたいな物をあまり感じさせず、静かながらも感情や本能を主なエンジンに
して生きているように感じます。だから人間もプリミティブに描かれているわけで、それは背景の自然と同一化して、結果としてアニミズミックなノスタルジーを感じさせる映像になっているように思いました。
 そんな中主人公のゆみ子(江角マキコ)は過去のトラウマ(古くは認知症の祖母を助けられなかった事、そして夫を原因不明の自殺で亡くした事)に時折苛まれ、生命の不可思議について思い悩まされます。
 映画終盤で火葬の煙を眺めていたゆみ子は、再婚相手の民雄(内藤剛志)に発見され、夫が自殺した理由が解らない、あなたどう思う、と泣きながら問いかけます。すると民雄は、人は不意に光に誘われる事がある、と、半ば民話的なエピソードを持ってそれに答えます。ゆみ子が感じて来た「不可思議」は、"何だかわからない"という「自然の力」の中に回収されてしまうのです。だからこの映画はあまりに「自然」を描いていると僕には感じられました。


 『幻の光』という言葉が、原作小説(同名。宮本輝 著)の中で何を指していたのか、読んでいないので解りません。映画の中で出てくる印象的な「光」は、民雄が言う「人がふと(死に)誘われる光」です。だけど僕はそれが『幻の光』だとは感じませんでした。

 突然クラシック音楽の話になりますが、グスタフ・マーラーの交響曲第8番《千人の交響曲》の第2部 第4区分では、合唱隊が「すべて無常のものは 映像にほかならぬ。」と歌います。この「映像」を「光」に置き換えると「すべて無常のものは 光にほかならぬ。」となり、全ての事物は光であるという言葉になります。事実、全ての物は光が無ければ闇の中に埋没してしまい存在する事は出来ません。光があり影がある事によって、そこに事物として立ち現れる事が出来るのです。

 人間も含めた自然は正にそうです。そしてここで重要なのが「無常」という観念であり、全ての物は流転し姿を変えてゆくという事なんですよね。命は生まれそして消えて行く。それは人間の知恵や技術では抗う事の出来ない真の「自然」です。
 ゆみ子の祖母が失踪した事も、夫が謎の自殺を遂げた事も、今もこうして自分が生きているという事も、還元してしまえば「自然」な事なのです。特にこの映画はその「自然」を「自然」のままに描いていると思いました。そしてこの自然とは「光」の移り変わりであり、現れては消えてゆくそれは「幻」のようです。だからこの世のありとあらゆる全ては、「幻の光」である。僕はその言葉にそんな事を感じました。


 以降の是枝作品の心酔者からすると、このプリミティブさが物足りなさにも感じるのですが、是枝裕和はこの強靭な「自然」を根底に持っているからこそ、"その後に"立ち現れる人間の社会性や心情などをリアルに描く事が出来るのかもしれません。だからそういった意味では、是枝映画の原点として凄まじい強度を持っていると思います。単純に、長編第一作目にしてこの美学の完成度は驚嘆ものです。




 マーラーと言えばビスコンティの『ベニスに死す』が音楽がマーラーでしたが、あの映画はあまりにも"文学"で、映画じゃなくて本当に小説を読んでいる気持ちでした。原作はトマス・マンですが。同性愛(特に男性の)が美学の極地みたいな観念って、いつ頃からあるんでしょうか。
 『希望の国』も音楽でマーラーの10番を使っているみたいですね。早く見に行きたい!


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